高校サッカーの癌
過程に価値はない
情熱、熱量、それらは結果が伴わない限り、美化されるべきものではない。
試合までに1万本もシュート練習をしてきました。
でも試合ではシュートを外してしまい、チームは負けてしまいました。
その時に、「結果が伴わない過程なんて価値がない」
そう選手に伝える事の出来る指導者は沖縄県内に何人いるでようか?
社会に出て自分のクオリティを示そうと思ったら、結果が全てだ。
どんなに情熱を持って取り組もうと、どんなに時間をかけようと、
それが必ずしも結果や価値に直結するとは限らない。
それなのに、結果よりも過程を大事にする価値観の植え付けには、
僕は断固として反対したい。
負けを前提とした指導方法
トーナメント方式が採用されている高校サッカーでは、
ほとんどのチームは敗退という結果を免れる事はできない。
負けを経験せずに引退できるチームは全国で僅かに1チームのみだ。
だからこそ、
負けを前提とした指導方法をとる事は当たり前とも言える。
現に僕が進学した那覇西高校サッカー部の指導法も、それに近いものがあった。
ループシュートの禁止
シュートはインステップでの、ど根性シュートが推奨されており、
「ループシュート」は暗黙のルールで禁止されていた。
その理由を顧問に聞いた事がある。
「引退がかかっている試合で、そんなシュートを打たれたら、スタンドにいるメンバーに入れなかった選手はどんな気持ちになる?必死に応援している人の前でそんなプレーができるのか?」
顧問の答えはこんな感じだった。
言ってる事は十分に理解できる。
だけどそれは本質からは逸れている。
その発言こそが負けをベースとした指導方法だと僕は思った。
しかし、逆らえなかった。
「選手権への出場」を人質にとられているんだ。逆らえるわけがない。
大学での学び
高校での悔しい思いを胸に僕は大学でもサッカーを続けた。
進学先の大学の監督から、
シュートの三原則は「タイミング、強度、コース」だと教えてもらった。
「三原則の内の2つ以上を満たせば、ゴールの確率は高まる」とも教えてもらった。
その時に、ループシュートを禁止する指導者がいかに無能かがわかった。
ループシュートというのは、キーパーのタイミングを外すという意図を持ったシュートだ。
キーパーが飛び出してきた際には、コースをつくという意図を持ったシュートだ。
それを負けをベースとする指導法が悪手として、選手に認識させようとしていたのだ。
僕はこんなに恐ろしい事はないと思った。
要はループシュートもど根性シュートも、決まれば同じ一点だ。
それなのに、そこに指導者の指導法が介入する事で、選手の選択肢を奪ってしまっているという現状が、少なからずあるのだ。
結果よりも過程を美学とする価値観。
負けをベースとした指導方法。
こんな環境の元で育ったチームが全国の舞台で勝てるわけがない。
僕が指導者になったら、
「結果の伴わない過程なんてなんの価値もない。」
そう選手にはっきりと伝えた上で、
「でも、その結果に向かって、これだけの熱量を持って取り組めた君たち一人一人には、もたらした結果以上の価値がある」
そう伝えようと思う。
おわりに
いきなりサッカーの記事を書くからびっくりした人も多いと思う。
だけど、ファッションと同じくらいサッカーも大好きだ。
だからどっちも取りに行く事にした。
人生は後38年もある。
暇つぶしの手段はたくさんあったほうがいい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。